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第40号(令和元年12月号)

「浜町標本」

もとゆき会会員 大野雅久

日本橋浜町二丁目35番に「もとゆきかわら版」の発行所がある。その近く37番地でナウマンゾウの化石が発掘されたことはマイナーな話かもしれない。

このナウマンゾウは、地質学会の学術用語として発掘された場所から「浜町標本」と呼ばれている。日本橋浜町二丁目37番、もとゆき会と2番違いの近似なのには驚いた。久松警察署の前、金座通りを隅田川方向へ行くとすぐに大きな一方通行に出る。その交差点の直下を都営新宿線が掠めて走っている。江戸の頃、久松警察署の対面あたりに「金座」が置かれ貨幣が鋳造されたと語り継がれてきたが論拠に乏しい。よっぽどナウマンゾウの化石の方が確たるモノであろう。

浜町と次の馬喰町の駅間は350メートルで手が届きそうな距離だ。最短クラスなのは地元の強い要望で開設された駅だからだ。ナウマンゾウの発掘場所は浜町駅ホームの北詰地点という。以前から浜町駅のホームが思いのほか長いのを不思議に思っていたが合点がいった。階段裏手、暗く薄っすらな空洞がそれらしい雰囲気を醸している。一方深さは22mらしい。隅田川や都営浅草線の下を走るから、そこそこ深めである。掘削作業は昭和五十一年に行われた。化石が現場事務所(貸室)に運び込まれた際、当時の勤務先(鳥居薬品)に呼び出しがかかった。「大変、見ればわかるから直ぐにいらっしゃい」と養母からの電話。何かにつけ「大変だ」との呼び出し、懐かしい限りである。

発掘されたナウマンゾウは三体あり、現在八王子の倉庫に保管されている。地下5メートルほどのところ、頭と体とが揃って発掘されたのは貴重なこととある。二体は小型だが、肩高が1・9メートル、描かれた復元の絵が添えてある。すっきりした素描だ。

その後の鑑定や判定、またその行く末は記憶の隅に追いやられていた。ただ先日、中央区議会のかみや俊宏議員の視察に同行する機会があり「浜町標本」に半世紀ぶりに再会、実は大変貴重なものだと知った。実際に目の前にすると一挙に万の単位で時間が遡る。単位こそ違えども、幼い時の玩具を見るようで眼がしばついた。

浜町一帯は江戸期、細川藩や牧野藩が大川(隅田川)の河畔までを武家屋敷地としていた。由緒の人物といえば平賀源内とねずみ小僧次郎吉であろうか。下っては三木のり平や勝新太郎、朝丘雪路が挙がる。彼らは明治座の舞台をも賑わした。ナウマンゾウの「浜町標本」の表現を借りれば、さしずめ「浜町俳優」である。