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第31号(平成28年12月号)

あたりまえの話

もとゆき会幹事 西山孟夫

麻薬や覚せい剤、大麻、危険ドラッグなど乱用される殆どの薬物は、人が一旦手を出すと繰り返し使いたくなりいつの間にか嵌ってしまって自分の意志では止められなくなるという、依存性があることは衆知のとおりです。乱用者は大抵逮捕されるなど、自分の意志には関係なくその中断を余儀なくされるまで、薬物の世界から抜け出せないのであります。

またそのような薬物を取り締まる仕事も、一旦手を出し嵌ってしまうと自分の意志ではなかなか止められなくなり、その世界から簡単に抜け出せないものです。それは経験した者でなければ分からないことかも知れません。私は麻薬取締官として永年その職務に没頭して参りましたが、仕事を止めたのは自らの意志ではなく、定年を向かえ失職を余儀なくされてのことで、退職時は離脱症状が出ないか心配でした。しかしその後、乱用防止活動など薬物問題に関わり続けたことから、幸いにもそのような心配はなくなりました。

薬物乱用による害禍は計り知れず、得ることはなくただ失うことばかりです。乱用者は健康を損ない、財産、信用を失い、人との絆を失くして家族、友人を失います。加えて頻繁に事故や事件を起こし、心身の苦痛に苛まれあまつさえ生命をも失います。人生の破綻に向かい死への十三階段を独り昇って行くようなものです。人は何故そのような自分自身の破滅に繋がる薬物を敢えて法を犯してまで手を出すのか、問題の根幹は極言すれば薬物の依存性と取引の暴利性に尽きると思いますが、薬物の恐ろしい魔力を感じるところです。

人はあたりまえのことを、殊更喜んだり感謝したりしないものです。健康な心身である限り、息をすることが出来て物が食べられ、笑って泣いて叫ぶことが出来、喜びや楽しみ、冗談があり、嘆きや悲しみを知り悲しみに涙することも出来ます。思ったり、考えたり、見たり、聞いたり、走ったり、飛んだり跳ねたりすることも出来るのです。あたりまえのことだから、それを素晴らしいとか、ありがたいとは誰も思わないのです。そのありがたさを身に沁みて感じているのは、それらを失くした人であります。

人は年齢を重ねるに連れ失うことが目立って多くなります。若さ、体力、気力を失い、親しい家族や友を失うなど考えをめぐらすと失うことばかりです。また老若男女を問わず、空腹を抱えて初めて食べられる幸せに気づき、職を失い初めて仕事を持つ喜びに気づく、そして病気に罹り初めて健康のありがたさに気づきます。何かを失ってしまったあとで、やっとその本当の価値に気づき、時として悔むのです。出来ることならそれらを失う前に日常の平凡な暮らしの中で、その喜びやありがたさに気づいて、耳を傾け、声を出し、手を差し伸べ、行動に移して行きたいものです。それはまた新たな喜びを味わうことになる筈であります。