第44号(令和3年4月号)
二つの賭け
もとゆき会会員 高岡伸郎
私は、この地球上に生を享け既に70年を過ぎ、随分長く生きてきたなという思いが有りますが、この長き人生を楽しくさせてくれる事の一つは、幾多の人々との出会いであります。
私の場合は、偶々入社した会社が商社で、二度海外駐在をした事、また、商社の後に外資系企業に勤務してきている事も有り、日本人のみならず沢山の外国人との出会いが有り、元来、異なる文化、異なる物事の考え方に興味の有った私にとって、本ではなく実体験を通して、私なりに認識できた事は、大きな喜びであります。
数々の出会いの中の一つとして、今から約45年前、ドイツ系米国人の英会話教師と出会い、彼と二つの賭けをした事が有ります。彼は、当時30代前半で、世界各地を旅して、その地で、英会話教師をして収入を得るといった人生を送っており、南米滞在の後、アジア最初の地として、日本を訪問したとの事で、ステレオタイプの人生を送ってきた私とは全く異なる自由な人生選択をしてきている彼に、私は大層興味を持ち、週末に会って話をする様になりました。
当時のアメリカは、人種問題で大揺れに揺れており、彼に対して、「絶対に有って欲しくない事だが、アメリカは人種問題で持たない、やがて崩壊するのでないか」と私の率直な懸念を伝えました。後になって考えてみれば、そんな事は全く起こり得ない事でありましたが、多民族国家に就いて理解の乏しかった私には、当時のアメリカの状況は大変深刻な内乱に思えたのです。私の懸念に対して、即座に彼は、自信満々に否定しました。何故そんなに自信が有るのかとの私の問いに対して、「アメリカが崩壊の危機に瀕する事が有れば、アメリカ国民は、人種を超えて星条旗の下に団結する」と、これも自信満々に答えました。何故、そんなに事を言えるのかとの私の問いに、彼は、シンプルに「何故なら、アメリカ人は、みんなアメリカが好きだから」と答えましたが、私は、彼のこの大変シンプルな回答に納得できず、私の懸念を払拭できませんでした。
もう一つの賭けは、キリスト教と自然科学に関する事柄で、「この世に於けるあらゆる不可思議な事象は、時間が掛かるだけの問題で、自然科学の発展に伴い、やがて全てが解明されるだろう」との私の意見に対して、敬虔なクリスチャンである彼は、「神の領域の不可思議な事象は、人間には解明できない」とこれも自信満々に答えました。その後長い間、私は彼とのこれらの賭けを忘れていましたが、2003年のイラク戦争の際に、前者の賭けをまざまざと思い出させる出来事が起こりました。
当時、私は米国企業の日本代表をしておりましたが、上司の一人に、上層部の人間としては珍しく民主党支持の温和で博識な米国人がおり、私はこの人を尊敬しておりました。イラク攻撃開始の半年後米国出張の折に、彼に対して、彼なら同意してくれるだろうと思い、イラク攻撃に異を唱えた処、彼が激怒して、すごい剣幕で、お前は何を言っているのだ、あの国は、アメリカを崩壊させようとしたんだぞと詰った時に、あの英会話教師との賭けが突然蘇り、彼の言った事は本当だったんだなと実感し、アメリカ人の強烈な愛国心と高い誇りと覚悟を認識した次第であります。前者の賭けに就きましては、私の懸念は全く杞憂に終わりました。後者の賭けに就きましては、未だ決着は付いていませんが、昨今の自然科学の驚異的な発展に鑑みるに、私に勝算が有るのでないかと思料しております。
周知の事実の様に、日本は、言論の自由が認められているとは言い難い核保有国に囲まれておりますが、私が物心ついてから今迄、ずっと言論の自由が認められてきている民主国家であります。これからも日本が言論の自由が認められる国で有り続ける事を、強く希求してやみません。
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